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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

線上閱讀島崎 藤村《夜明け前(よあけまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 頁

青空文庫

木曾路あたりとは比較にもならないこの都会の雪空は、遠く山の方へと半蔵の心を誘う。彼も飛騨行きのおくれるのを案じている矢先で、それが延びれば延びるほど、あの険阻で聞こえた山間の高山路が深い降雪のために埋められるのを恐れた。

独居のねぶり覚ますと松が枝にあまりて落つる雪の音かな

さよしぐれ今は外山やこえつらむ軒端に残る音もまばらに

山里は日にけに雪のつもるかな踏みわけて訪ふ人もこなくに

しら雪のうづみ残せる煙こそ遠山里のしるしなりけれ

これらの冬の歌は、半蔵が郷里の方に残して来た旧作である。彼は左衛門町の二階にいてこれらの旧作を思い出し、もはや雪道かと思われる木曾の方の旧い街道を想像し、そこを往来する旅人を想像し、革のむなび、麻の蝿はらい、紋のついた腹掛けから、鬣、尻尾まで雪にぬれて行く荷馬の姿を想像した。彼はまた、わずかに栂の実なぞの紅い珠のように枝に残った郷里の家の庭を想像し、木小屋の裏につづく竹藪を想像し、その想像を毎年の雪に隠れひそむ恵那山連峰の谿谷にまで持って行って見た。

とうとう、半蔵は東京で年を越した。一年に一度の餅つき、やれ福茶だ、小梅だ、ちょろげだと、除夜からして町家は町家らしく、明けては屠蘇を祝え、雑煮を祝え、かち栗、ごまめ、数の子を祝えと言う多吉夫婦と共に、明治八年の新しい正月を迎えた。