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だいどうじしんすけのはんせい

大導寺信輔の半生

芥川 竜之介

線上閱讀芥川 竜之介《大導寺信輔の半生(だいどうじしんすけのはんせい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,611 字 · 26 頁

青空文庫

或時は回向院の大銀杏へ梯子もかけずに登ることだった。或時は又彼等の一人と殴り合いの喧嘩をすることだった。信輔は大溝を前にすると、もう膝頭の震えるのを感じた。けれどもしっかり目をつぶったまま、南京藻の浮かんだ水面を一生懸命に跳り越えた。この恐怖や逡巡は回向院の大銀杏へ登る時にも、彼等の一人と喧嘩をする時にもやはり彼を襲来した。しかし彼はその度に勇敢にそれ等を征服した。それは迷信に発したにもせよ、確かにスパルタ式の訓練だった。このスパルタ式の訓練は彼の右の膝頭へ一生消えない傷痕を残した。恐らくは彼の性格へも、――信輔は未だに威丈高になった父の小言を覚えている。――「貴様は意気地もない癖に、何をする時でも剛情でいかん。」

しかし彼の迷信は幸にも次第に消えて行った。のみならず彼は西洋史の中に少くとも彼の迷信には反証に近いものを発見した。それは羅馬の建国者ロミュルスに乳を与えたものは狼であると言う一節だった。彼は母の乳を知らぬことに爾来一層冷淡になった。いや、牛乳に育ったことは寧ろ彼の誇りになった。信輔は中学へはいった春、年とった彼の叔父と一しょに、当時叔父が経営していた牧場へ行ったことを覚えている。