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おくのうみ

奥の海

久生 十蘭

線上閱讀久生 十蘭《奥の海(おくのうみ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 頁

青空文庫

実家へ遊びに行って、帰りそびれているのだろうと、召次の舎人に聞きあわせると、実家にお帰りはなかったという。御菜の油屋へも行っていない。尼院の築地の中にでも隠れこんだかと、足を棒にして、隈なく探しまわったが、消息ほどのものも、つかむことはできなかった。

八月十二日に大風が吹いた。八朔の朝、奥羽に吹き起って関東一帯を荒れまわり、田畑を流して不作にとどめを刺した。天保四年の夏嵐のつづきだが、京都の近郊では、樹々の倒れるもの数知れず、諸所の堤が切れて洪水になった。

長屋では、瓦が飛んで壁がぬけるという騒ぎで、朝までまんじりともしなかったが、明け方、風がしずまったところで、出窓の蔀をあけに行くと、誰が投げこんだのか、小判で十両、紙に包んだのが、濡れ畳のうえにころがっていた。

◇

去年米は六月中に食いつくしたが、冷気でその年の米が実らず、奥羽は作毛皆無で、古今未曽有の大飢饉となった。奉行所では三条大詰河原に救小屋を建てて行倒れを収容したが、施米したいにも、ものがなく、救小屋に入ったものは、暮までに、大方、餓死した。

翌八年の春、金十郎は用人部屋から駆りだされて大阪に下り、川口の囲倉から廻米を受領して京都へ差送る、廻米下役をつとめていたが、そのころ湊入りした津軽船の上乗りから、知嘉姫の消息らしいものを聞いた。