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からすうりのはなとが
寺田寅彦随筆集 第三巻
寺田 寅彦
線上閱讀寺田 寅彦《寺田寅彦随筆集 第三巻(からすうりのはなとが)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 頁
の手に渡ってしまったのかもしれない。郷里の家は人に貸してあるので、たまたま帰省しても、締め切ったままの座敷倉へはいる機会はまれである。のみならずこれらの絵の事は実際にもう長い間自分の識域の底深く沈んでいたのであった。神田の夜店の木枯らしの中に認めたこの青衣少女の二重像はこのほとんど消えてしまっていた記憶を一時に燃え上がらせた。少女は四十年前と同じ若々しさ、あどけなさをそのままに保存してエメラルド色のひとみを上げて壁間の聖母像に見入っているのである。着物の青も豊頬の紅も昔よりもかえって新鮮なように思われるのであった。
ただ一瞥を与えただけで自分は惰性的に神保町の停車場まで来てしまった。この次に見つけたらあれを買って来るのだと思いついた時には、自分をのせた電車はもう水道橋を越えて霜夜の北の空に向かって走っていた。昔のわが家の油絵はどうなったか、それを聞き出す唯一の手がかりはもう六年前になくなった母とともに郷里の久万山の墓所の赤土の中にうずもれてしまっているのであった。
その後おりおり神保町の夜店をひやかすようなときは、それとなく気をつけているが、この青衣少女にはめぐり会わない。