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おぜのむかしといま

尾瀬の昔と今

木暮 理太郎

線上閱讀木暮 理太郎《尾瀬の昔と今(おぜのむかしといま)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 7,599 字 · 15 頁

青空文庫

測量でないことは言う迄もない。この村有地であった尾瀬ヶ原が個人の所有に帰したのは、何時頃の事か未だ調べて見ないので、判然たることは言えないけれども、明治三十年前後ではなかったかと思うのである。

沼田から檜枝岐へ越す会津街道は、明治の初年には里道の一等であった。それが明治十五年三月に県道の三等となって、戸倉までは幅九尺、戸倉から国境までは凡六尺幅の定めであった。この路の開けたのは何時頃の事か知れないが、土地の人は早くから交通していたことと思う。唯軍事上に使用される程重要な位置を占めていなかったので、史書に現れる機会がなく、僅に天文の初頃に道普請をした記録が残っているに過ぎない。戸倉に関所が設けられたのは、慶長五年の関ヶ原役の時からであるといわれている。正保の図には一里の記号が入れてあるから、慶長八、九年の頃は既に街道の形を成したものであろう、松並木を植えたことが伝えられている。そういえば古中から千坂を上って後山に下る路の右側に、見事な赤松の老木が十二、三本立ち列んでいるのは、其名残であるかも知れない。其当時は民家少なく、往還の人が迷惑したので、萩原某なるものが一戸を建て、需めに応じて宿を借したのが戸倉に於ける旅舎の始であったという。