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おびひろまで

帯広まで

林 芙美子

線上閱讀林 芙美子《帯広まで(おびひろまで)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 頁

青空文庫

と云ってにこにこ笑って過ぎた。伊代の独り住いはいよいよ味気なかった。何日も汚れた鍋や茶碗を馬穴へつけっぱなしで、その汚れた水へ色々な羽虫が飛んで来ても、伊代は歯も指も黄いろくして煙草を吸ってばかりいた。――九月になってからも毎日暑かった。暑いので一日中部屋の中が森閑としていた。いまでは九太の残して行ったものは何もなかったが、壁の破れた所々へ、伊代はヴァイオリンの古い絲を円めて、吊りさげておいた。水族館時代からの古絲があった。九太がこれに一つ一つ指を触れたのだと、伊代は寝ながらそれを眺めている。その外には自分の踊子時代の写真が一枚張りつけてある。黒い靴下を腿のつけ根まではいた巴里のカンカン踊りをやった時なのだ。――野桜の繁った川添いへ向って煤けた障子が二枚はいっている。その外に窓はどこにもなかった。渋塗りの小さい茶餉台が一つ。上の半分の行方が判らない古ぼけた箪笥、ニッケルの脚を持った手鏡など、どれとして伊代の心を愉しませるものはなかった。畳は何時も湿っていた。伊代は出窓の上の、馬穴の上に飛び交う蠅を見ていた。汚れたものの匂いを一寸かいでみては、アルヘンティーナようにおどけた身振りで、馬穴のまわりを、ぶうんと唸りながら身軽に飛びまわっている蠅ども、米粒が固く張りついている茶碗の上で合掌してみせたりしている小