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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《幻の彼方(まぼろしのかなた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 頁

青空文庫

」

彼女は呼吸器が弱かった。肺尖加答児を病んだこともあるそうだった。そのことだなと順造は思った。

「じゃあ熱でも出るのかい。」

「まあ、熱ですって!……姙娠して熱の出る人があるものですか。」

空嘯いたその調子と、尖らした口と、険を持たした眼付とから、順造はちぐはぐな印象を受けたが、次の瞬間に、言葉の意味がはっきり分ると、どんと空中にはね上げられた心地がした。

「え、姙娠!」

「そうらしいわ。」

「いつから?」

彼女は何とも答えないで、じろりと彼の顔を見やった。もうずっと前からであること、確かであることを、その眼付が語った。気分が悪いと云ってぶらぶらしてたり、食慾が非常に減ったり、何事にも興味を失って苛立ったり、しきりに酸っぱいものを欲しがったりしたのは、考えてみると可なり以前のことだった。

ほう、そうかなあ! というような心地で順造は小首を一寸傾げたが、そのまま心が宙に浮んで、何処へ落着けていいか分らなかった。

彼は立ち上って室の中を歩いた。縁側に出て両腕を組みながら、其処に腰掛けて足をぶらぶらさした。

長い間たったようだった。秋子の方から彼の所へやって来た。