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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《幻の彼方(まぼろしのかなた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 頁

青空文庫

兎に角万一の用意はしておこう、と順造は決心した。

秋子が病気のことは、必要な所へは大抵知らしてあった。彼の国許の母と弟とには、わざわざ出て来て貰うにも及ばなかった。で彼は秋子の国許の父へだけ電報を打った。病が重いから叔父の家まで来いとした。叔父――東京に居る唯一の近い親戚――へは大体のことを速達郵便で知らした。縁遠い親戚が一つと秋子の親しい友人が四五あったが、それには別に通知の必要はないと考えた。

それだけの考慮と処置とを取るのに、彼は落着いてる自分の心を見出した。然し大急ぎでやらなければならなかった。秋子がしきりに彼を求めていた。

彼が一寸姿を見せないと、何処へ行ってたかと彼女は尋ねた。そしてじっと彼の顔を見つめた。落ち凹みながら眼玉だけ飛び出して見える、凄い眼付だった。底に曇りを帯びてうわべだけぎらぎら光ってる、不気味な眼の光だった。その眼がぐるりと回転して一つの所に据ると、誰か来たようだから見て来いと云い出した。女中が居るからいいと彼が答えても承知しなかった。彼が立ち上りかけると、すぐに戻ってきてくれと云った。

玄関には誰も来てはいなかった。