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ひかげのまち

幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選

松本 泰

線上閱讀松本 泰《幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選(ひかげのまち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 52,797 字 · 107 頁

青空文庫

私は夫等の人達が入替り立替り、重い押戸を開けて出てゆく姿を眺めているうちに、思掛けなく雑鬧のうちに、先夜サボイで見掛けた老婦人とぱったり視線を合せた。私は思わず声を出して馳寄ろうとしたが、不良い工合に私の番がきて、窓口から顔を出した行員が頻りに、

「ヒギンスさん、ヒギンスさん」と私の仮名を呼んだ。そうなっては仕方がない。私は行員の差出した紙片を引たくるようにして、手早く、ワイ・ヒギンスと署名した。私は自分の用事を済してから根気よく人々の間を泳いで探し廻ったが、問題の老婦人の姿は既う何処にも見えなかった。

それから間もなく私は銀行を出た。アスファルトを敷いた舗道に早春の太陽がきらきらと躍っていた。そこには十数台の自動車が、ずらりと一列に並んでいて、その一番端れの自動車の横手に、又しても私の下宿の居まわりで見掛ける例の老人が、その自動車の中へ首を突込んで親しげに何事か話合っていた。

「オヤオヤ」と思う瞬間、銀行から先刻の老婦人が出てきて、小走りに舗道を横切ってその自動車へ乗った。

同時に自動車は粗末な服装をした老人を後に残して、商家の立並んだ大通へ疾走っていった。