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げんかくき

幻覚記

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《幻覚記(げんかくき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 4,700 字 · 10 頁

青空文庫

けれども、どういう加減か、時あって、自動車の通行がとだえ、人通りもとぎれ、地面もしっとりと濡い、空気が爽かになごんで、塀にはさまれたあの短い通りが、夢想の境にふさわしくなる瞬間がある。

そういう瞬間の一つであったろう。当時大学生だった私は、和服の着流しで、ぶらりと、あの通りにさしかかった。弥生町の方から、ゆるやかな傾斜を上っていった。

その傾斜が、俄に、急な坂道に変って、坂の上から、一人の女がやって来るのである。背の高いすらりとした姿で、そのうえ高下駄をはき、黒いコートを着て、音もなく滑るようにやって来るのである。

その顔を一目見て、私は惘然と立止ってしまった。年齢は三十歳くらいの感じで、黒のコートにつつまれた姿は絶対的均勢を保ち、ふっくらした束髪にかこまれた顔には、理想的な女性美を示している。――女性美の理想は、人の嗜好によって異るものであって、彼女は要するに、私の理想的な美人だったのである。

驚くべきことには、彼女は全身、異様な光輝にとりまかれていた。私はその光輝と美貌とに眩惑して、石のように佇んだ。彼女は時間の経過そのもののように移り動き、私に近寄り、私の傍を通りすぎた。