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いようへん
影を踏まれた女
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《影を踏まれた女(いようへん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 23,110 字 · 46 頁
彼が屋敷の門を出たのは、門番もたしかに見届けたのであるが、伊四郎はそれぎり何処へ行ってしまったのか、その日が暮れても、御徒町の家へは帰らなかった。家でも心配して叔母のところへ聞合せると、右の次第で屋敷の門を出た後のことは判らなかった。それから二日を過ぎ、三日を過ぎても、伊四郎はその姿をどこにも見せなかった。彼は龍の鱗をかかえたままで、なぜ逐電してしまったのか、誰にも想像が付かなかった。
ただひとつの手がかりは、当日の九つ半ごろに酒屋の小僧が浜町河岸を通りかかると、今まで晴れていた空がたちまち暗くなって、俗に龍巻という凄まじい旋風が吹き起った。小僧はたまらなくなって、地面にしばらく俯伏していると、旋風は一としきりで、天地は再び元のように明るくなった。秋の空は青空にかがやいて、大川の水はなんにも知らないように静かに流れていた。旋風は小部分に起ったらしく、そこら近所にも別に被害はないらしく見えた。ただこの小僧のすこし先をあるいていた羽織袴の侍が、旋風のやんだ時にはもう見えなくなっていたということであるが、その一刹那、小僧は眼をとじて地に伏していたのであるから、そのあいだに侍は通り過ぎてしまったのかも知れない。