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いかりのむし
怒りの虫
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《怒りの虫(いかりのむし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 11,457 字 · 24 頁
木山の事務所は、銀座裏の小さな建物の三階にあった。事務所といっても、彼が主事嘱託という名義で関係してる近県の小新聞の、東京連絡所を兼ねたもので、所員には、老若の男二人と、女が一人いた。木山は週に二日か三日、新聞社の方へ出張するので、いろいろと多忙だった。多忙なのを自慢にしてるようでもあった。
然し近来、なにかしら大儀らしい疲労の色が彼に見えてきた。それが時として、所謂怒りの虫となって爆発することもあり、或いは漠然として瞑想のうちに沈潜することもあった。
約束通り、塚本夫人が事務所へ訪れて来た時、木山は仕事を放り出してぼんやり考え込んでいたが、ふいに眼が覚めたように立ち上った。
「急ぎますか。」
「え。」
夫人は聞き返した。
「時間がおありでしたら、春の家へ行きましょう。」
「お伴しますわ。」
それだけで二人は外に出て、タクシーを拾った。
春の家は、戦災から復興したばかりのわりに閑静な一廓にあった。山茶花科の常緑樹を主として植え込み、空池をあしらった庭、その一部を袖垣で仕切って、濡れ縁をめぐらしてある奥の室には、まだ炬燵が拵えてあった。二人には馴染みの深い室である。