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おんしゅうのかなたに
恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,824 字 · 46 頁
自分一人になって考えると、敵を目前に置きながら、討ち得なかった自分の腑甲斐なさを、無念と思わずにはいられなかった。彼の心はいつの間にか苛だたしい憤りでいっぱいになっていた。彼は、もう刳貫の竣成を待つといったような、敵に対する緩かな心をまったく失ってしまった。彼は今宵にも洞窟の中へ忍び入って、市九郎を討って立ち退こうという決心の臍を固めた。が、実之助が市九郎の張り番をしているように、石工たちは実之助を見張っていた。
最初の二、三日を、心にもなく無為に過したが、ちょうど五日目の晩であった。毎夜のことなので、石工たちも警戒の目を緩めたと見え、丑に近い頃に何人もいぎたない眠りに入っていた。実之助は、今宵こそと思い立った。彼は、がばと起き上ると、枕元の一刀を引き寄せて、静かに木小屋の外に出た。それは早春の夜の月が冴えた晩であった。山国川の水は月光の下に蒼く渦巻きながら流れていた。が、周囲の風物には目もくれず、実之助は、足を忍ばせてひそかに洞門に近づいた。削り取った石塊が、ところどころに散らばって、歩を運ぶたびごとに足を痛めた。
洞窟の中は、入口から来る月光と、ところどころに刳り明けられた窓から射し入る月光とで、ところどころほの白く光っているばかりであった。