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おんしゅうのかなたに

恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《恩讐の彼方に(おんしゅうのかなたに)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 22,824 字 · 46 頁

青空文庫

と、市九郎の心に、明け暮れ悪の拍車を加えた。が、信州から木曾の藪原の宿まで来た時には、二人の路用の金は、百も残っていなかった。二人は、窮するにつれて、悪事を働かねばならなかった。最初はこうした男女の組合せとしては、最もなしやすい美人局を稼業とした。そうして信州から尾州へかけての宿々で、往来の町人百姓の路用の金を奪っていた。初めのほどは、女からの激しい教唆で、つい悪事を犯し始めていた市九郎も、ついには悪事の面白さを味わい始めた。浪人姿をした市九郎に対して、被害者の町人や百姓は、金を取られながら、すこぶる柔順であった。

悪事がだんだん進歩していった市九郎は、美人局からもっと単純な、手数のいらぬ強請をやり、最後には、切取強盗を正当な稼業とさえ心得るようになった。

彼は、いつとなしに信濃から木曾へかかる鳥居峠に土着した。そして昼は茶店を開き、夜は強盗を働いた。

彼はもうそうした生活に、なんの躊躇をも、不安をも感じないようになっていた。金のありそうな旅人を狙って、殺すと巧みにその死体を片づけた。一年に三、四度、そうした罪を犯すと、彼は優に一年の生活を支えることができた。