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あいのごとく
愛のごとく
山川 方夫
線上閱讀山川 方夫《愛のごとく(あいのごとく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 103,908 字 · 210 頁
彼は負けたかった。自分にではなく、彼は彼女に負けたかった。現実への無力な自分に、自分がすっかりふさわしくなりきること、自分が気化すること、彼女に完全に占有されてしまうことが唯一つののぞみであり、彼のねがいは彼が彼女を所有してしまうことではなかった。
それが、いつもくりかえされる彼女を目の前にしての理解だった。信二は唇を噛んだ。結局、おれは彼女に指一本ふれることはできないだろう。指一本でもふれることは、彼女を彼女でなくしてしまうことだ。みろ、おれはいまそれをおそれている。スティックを持ちかえると、まるで怒りをたたきつけるみたいに、身をかがめ、彼は全身の力でドラムを撲りつけた。爪先きはドラムのペダルをふみ、夢中でワン・コーラスをたたいていた。「ホウ、」ふりかえって、小林が唇をまるめた。信二は肩をすくめ、舌を出した。
「巧くなったなあ、坊や」
幕が下りたとき、小林はいった。「ダーチーの昔を思い出したよ、やつもちょうどあんなふうに、よく殺気立ったみたいにやったもんだ」
「小林」と荻村が低くいった。彼とは思えないような鋭く沈む声音だった。
「失敬」と小林もすぐにいった。