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だんがいのさっかく

断崖の錯覚

黒木 舜平

線上閱讀黒木 舜平《断崖の錯覚(だんがいのさっかく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,483 字 · 26 頁

青空文庫

どうせ判ることだ。まっかな贋物だと判ることだ。ああ、そのとき!

私は、できるだけ平静をよそって、雪のよろこびそうな言葉をならべた。雪は気嫌を直した。私たちは、山の頂きにたどりついた。すぐ足もとから百丈もの断崖になっていて、深い朝霧の奥底に海がゆらゆらうごいていた。

「いい景色でしょう?」

雪は、晴れやかに微笑みつつ、胸を張って空気を吸いこんだ。

私は、雪を押した。

「あ!」

口を小さくあけて、嬰児のようなべそを掻いて、私をちらと振りむいた。すっと落ちた。足をしたにしてまっすぐに落ちた。ぱっと裾がひろがった。

「なに見てござる?」

私は、落ちついてふりむいた。山のきこりが、ひっそり立っていた。

「女です。女を見ているのです。」

年老いたきこりは、不思議そうな面持で、崖のしたを覗いた。

「や、ほんとだ。女が浪さ打ちよせられている。ほんとだ。」

私はそのときは放心状態であった。もし、そのきこりが、お前がつき落したのだろうと言ったら、私はそうだと答えたにちがいない。しかし、それは、いまにして判ったのであるが、そのきこりが、私を疑えない筈だった。それは断崖の百丈の距離が、もたらして呉れた錯覚である。