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しんじゅのことば

新樹の言葉

太宰 治

線上閱讀太宰 治《新樹の言葉(しんじゅのことば)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 29,156 字 · 59 頁

青空文庫

そのような事実も、そのとき聞いて、はじめて知ったくらいのもので、家の人たちさえ、それ以上のことは、あまり深く知らない様子であった。十年はなれていたので、つるが死んでも生きても、私の実感として残っているのは、懸命の育ての親だった若いつるだけで、それを懐しむ心はあっても、その他のつるは、全く他人で、つるが死んだと聞かされても、私は、あ、そうかと思っただけで、さして激動は受けないのである。それから、また十年、つるは私の遠い思い出の奥で小さく、けれども決して消えずに尊く光ってはいるのだが、その姿は純粋に思い出の中で完成され固定されてしまっているので、まさか、いまのこの現実の生活と、つながるなどとは、思いも及ばぬことであった。

「つるは、甲府にいたのですか?」私は、それさえ知らなかった。

「え、父がこの土地で、店をひらいて居りました。」

「甲斐絹問屋につとめて居られた、――」つるの亭主が、甲斐絹問屋の番頭だったことは、私も、まえに家の人たちから聞いたことがあるので、それは、忘れずに知っていた。

「え、谷村の丸三という店に奉公して居りましたが、のちに、独立して、甲府で呉服屋をはじめました。