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しんじゅのことば

新樹の言葉

太宰 治

線上閱讀太宰 治《新樹の言葉(しんじゅのことば)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 29,156 字 · 59 頁

青空文庫

来たな、とがばと跳ね起き、

「とおして呉れ。」

電燈が、ぼっと、ともっていた。障子が、浅黄色。六時ごろでもあろうか。

私は素早く蒲団をたたみ押入れにつっこんで、部屋のその辺を片づけて、羽織をひっかけ、羽織紐をむすんで、それから、机の傍にちゃんと坐って身構えた。異様な緊張であった。まさか、こんな奇妙な経験は、私としても、一生に二度とは、あるまい。

客は、ひとりであった。久留米絣を着ていた。女中に通され、黙って私のまえに坐って、ていねいな、永いお辞儀をした。私は、せかせかしていた。ろくろく、お辞儀もかえさず、

「ひと違いなんです。お気の毒ですが、ひと違いなんです。ばかばかしいのです。」

「いいえ。」低くそう言って、お辞儀の姿勢のままで、振り仰いだ顔は、端正である。眼が大きすぎて、少し弱い、異常な感じを与えるけれど、額も、鼻も、唇も、顎も、彫りきざんだように、線が、はっきりしていた。ちっとも、私と似ていやしない。「おつるの子です。お忘れでしょうか。母は、あなたの乳母をしていました。」

はっきり言われて、あ、と思いあたった。飛びあがりたいほど、きつい激動を受けたのである。