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うえの

日和下駄 一名 東京散策記

永井 荷風

線上閱讀永井 荷風《日和下駄 一名 東京散策記(うえの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 33,955 字 · 70 頁

青空文庫

僕等は宗教家でもなければ道徳家でもない。人物を看るに当って必しも善悪邪正の判決を求めるものではない。唯人物を能く看ることが出来れば、それでよいのである。斯くの如き境遇の下に斯くの如き生活が在るという其の真相を窺いたいと冀っているに過ぎない。僕等はこれを以て芸術家の本分となしている。僕等は曾て少壮の比ツルゲネフやフロオベル等の文学観をよろこび迎えたものである。歴史及び伝説中の偉大なる人物に対する敬虔の心を転じて之を匹夫匹婦が陋巷の生活に傾注することを好んだ。印象派の画家が好んで描いた題材を採って之を文章となす事を畢生の事業と信じた。後に僕は其主張のあまりに偏狭なることを悟ったのであるが、然し少壮の時に蒙った感化は今に至っても容易に一掃することができない。銀座通のカッフェー内外の光景が僕をしては巴里に在った当時のことを回想せしめ生田さんをしては伯林のむかしを追憶せしめたのも其等の為であろう。僕等は一時全く忘れていた自然派文学の作例を思出して之を目前の光景に比較し、西洋の過去と日本の現在との異同を論じて、夜のふけるのを忘れたこともたびたびとなった。

斯くの如く僕等がカッフェーに出入することの漸く頻繁となるや、都下の新聞紙と雑誌とは筆を揃えて僕の行動を非難し始めた。