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うつりが

日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江

近松 秋江

線上閱讀近松 秋江《日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江(うつりが)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 152,306 字 · 300 頁

青空文庫

それでも黙って上がって行くのは厚かましいようで、二、三度大きな声をかけると、やがて階段を下りて来る足音がして、外から開かぬように、ぴたりと閉めた奥の潜戸の彼方で、

「どなたはんどす」という、母親の声がする。

「私、わたしです」というと、潜戸をそっと半分ほど開けながら母親が胡散そうに外を覗くようにして顔を出した。そして、その瞬間、先だって中の待遇から推して期待していたような、あまり好い顔をして見せなかった。

「私です。今帰りました」というと、

「ああ、あんたはんどすか」といったが、「さあお上がりやす」というかと思っていると、「ちょっと待っとくれやす。今ちょっとお客さんどすよって」

といって、ちょうど留守でいない階下の家主の老婆の表の六畳の座敷に案内して、「どうぞちょっとここでお待ちやしてとくれやす」といって、私をそこに置いといて、間の襖をぴしゃりと閉めて、自分は二階へ上って行った。

するとしばらく待つ間もなく母親と入れちがいに女がそこへ入って来て、笑顔を作りながら、

「おかえりやす」と懐かしそうにいって、私の膝の前に近く寄ってぺったり坐った。そして二言三言口をきき交わしているうちに、客というのが襖の外の茶の間を通って、中庭から帰ってゆくと思われて、母親も後から入口まで送って出たらしい。