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うつりが

日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江

近松 秋江

線上閱讀近松 秋江《日本の文学 8 田山花袋 岩野泡鳴 近松秋江(うつりが)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 152,306 字 · 300 頁

青空文庫

来ているであろうと、そのころを見計らって、ほとんど毎夜のように上京の方から遠い道を電車に乗って出て来ては路次の中に忍んで、女の子の窓の下にそっと立っていた。そして、家の中から男の話し声が洩れはせぬか、その男の声が聴きたい、どんなことを話しているであろう? と冷たい黒闇の夜気の中にしばらくじっと佇んでいても、家の中からは、ことりの音もせぬ。そっと例の硝子戸に触ってみるけれど、重い硝子戸は容易に動かない。誰もいない留守なのかと思っていると、いるにはいると思われて、畳の上を人の歩く足音がする。それが母親であったら勝手が悪いと思ったが、試みに、誰とも分らないほどに低い声で、

「今晩は今晩は。……ご免なさいご免なさい」

と声をかけてみると、すっと内から硝子戸が一尺ばかり開いてそっと、白い顔を出したのは、中の電燈を後に背負って、闇がりではあるが、たしかに彼女である。そして、眼で外の闇の中を探るようにしている。

「お園さん」

と、私は思わず※(「木+靈」、第3水準1-86-29)子窓に寄り添うようにして力の籠った低声で呼びかけながら手に物を言わせて、おいでおいでをして見せると、彼女は、声の正体が分ったので、そのまま黙って、急いで硝子戸を閉めてしまった。