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きゅうしゅじん
旧主人・芽生
島崎 藤村
線上閱讀島崎 藤村《旧主人・芽生(きゅうしゅじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 149,813 字 · 302 頁
「これは乃公の病気だから止められない」と、能く御自分でも承知していらっしゃるのです。殊に、奥様が癇癪を起した時なぞは、「ちょッ、貴方のように濃厚い方はありゃしない」と言って、ぷいと立って行って御了いなさることも有ました。奥様の癇癪の起きた日は直に知れます。毎でも御顔色が病人のようになって、鼻の先が光りまして、眉の間が茶色に見えます。後の首筋を蒼くして、無暗に御部屋の雑巾掛や御掃除をさせて、物を仰るにも御声が咽喉へ乾びついたようになります。そうなると、旦那様と御取膳で御飯を召上る時でも、口を御利きなさらないことがありました。
旦那様は五黄の金、その年の運気は吉、それに引換え奥様は八方塞、唯じっとして運勢の開けるのを待てと、菓子屋の隣の悟道先生が占いました。全く、奥様の為には廻合も好くない年と見えて、何かの前兆のように悪な夢ばかり御覧なさるのでした。女程心細いものは有ません。それを又た苦になさるのが病人のようでした。結構尽の御身体は弱々しくなり、心は労れ、風邪も引き易くなって、朝は欠ばかりなさいました。「女というものは、つまらないものだ」と仰って、深い歎息に埋って、花も嗅いで御捨てなさいました。