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きゅうしゅじん

旧主人・芽生

島崎 藤村

線上閱讀島崎 藤村《旧主人・芽生(きゅうしゅじん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 149,813 字 · 302 頁

青空文庫

ほとけのちかきたのもしのみや

日に焼けた醜い顔の女では有りましたが、調子の女らしい、節の凄婉な、凄婉なというよりは悲傷しい、それを清しい哀しい声で歌いましたのです。世間を見るに、美い声が醜い口唇から出るのは稀しくも有ません。然し、この女のようなのも鮮いと思いました。一節歌われると、もう私は泣きたいような心地になって、胸が込上げて来ました。やがて女は蒼めた顔を仰げて、

ふるさとやはるばるここにきみゐでら

はなのみやこもちかくなるらん

「故郷や」の「や」には力を入れました。清しい声を鈴に合せて、息を吸入れて、「はるばるここに」と長く引いた時は女の口唇も震えましたようです。「花の都も」と歌いすすむと、見る見る涙が女の頬を伝いまして、落魄た袖にかかりました。奥様は熟々聞惚れて、顔に手を当てておいでなさいました――まあ、どんな御心地がその時奥様の御胸の中を往たり来たりしたものか、私には量りかねましたのです。歌が済みますと、奥様は馴々しく、

「今のは何という歌なんですね」

「なんでござります。はァ、御詠歌と申しまして、それ芝居なぞでも能くやりますわなア――お鶴が西国巡礼に……」