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ちえこのはんしょう

智恵子の半生

高村 光太郎

線上閱讀高村 光太郎《智恵子の半生(ちえこのはんしょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,697 字 · 25 頁

青空文庫

今しずかに振りかえって彼女の上を考えて見ると、その一生を要約すれば、まず東北地方福島県二本松町の近在、漆原という所の酒造り長沼家に長女として明治十九年に生れ、土地の高女を卒業してから東京目白の日本女子大学校家政科に入学、寮生活をつづけているうちに洋画に興味を持ち始め、女子大卒業後、郷里の父母の同意を辛うじて得て東京に留まり、太平洋絵画研究所に通学して油絵を学び、当時の新興画家であった中村彝、斎藤与里治、津田青楓の諸氏に出入して其の影響をうけ、又一方、其頃平塚雷鳥女史等の提起した女子思想運動にも加わり、雑誌「青鞜」の表紙画などを画いたりした。それが明治末年頃の事であり、やがて柳八重子女史の紹介で初めて私と知るようになり、大正三年に私と結婚した。結婚後も油絵の研究に熱中していたが、芸術精進と家庭生活との板ばさみとなるような月日も漸く多くなり、其上肋膜を病んで以来しばしば病臥を余儀なくされ、後年郷里の家君を亡い、つづいて実家の破産に瀕するにあい、心痛苦慮は一通りでなかった。やがて更年期の心神変調が因となって精神異状の徴候があらわれ、昭和七年アダリン自殺を計り、幸い薬毒からは免れて一旦健康を恢復したが、その後あらゆる療養をも押しのけて徐々に確実に進んで来る脳細胞の疾患のため昭和十年には完全に精神分裂症に捉えられ