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あらの

曠野

堀 辰雄

線上閱讀堀 辰雄《曠野(あらの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,315 字 · 21 頁

青空文庫

国内の巡視に出た近江の守の一行が、方々まわって歩いて、その郡司の館のある湖にちかい村にかかったときは、ちょうど冬の初で、比良の山にはもう雪のすこし見え出した頃だった。

その日の夕ぐれ、丘の上にあるその館では、守は郡司たちを相手にして酒を酌みかわしていた。

館のうえには時おり千鳥のよびかう声が鋭く短くきこえた。――すっかり葉の落ち尽した柿の木の向うには、枯蘆のかなたに、まだほの明るいみずうみの上がひっそりと眺められた。

守は、すこし微醺を帯びたまま、郡司が雪深い越に下っている息子の自慢話などをしているのをききながら、折敷や菓子などを運んでくる男女の下衆たちのなかに、一人の小がらな女に目をとめて、それへじっと熱心な眼ざしをそそいでいた。他の婢と同様に、髪は巻きあげ、衣も粗末なのをまとってはいたが、その女は何処やら由緒ありそうに、いかにも哀れげに見えた。その女をはじめて見たときから、守の心はふしぎに動いた。

宴の果てる頃、守は一人の小舎人童を近くに呼ぶと、何かこっそりと耳打ちをした。

その夜遅く、京の女は郡司のもとに招ぜられた。郡司は女に一枚の小袿を与えて、髪なども梳いて、よく化粧してくるようにと言いつけた。