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つきとてぶくろ

月と手袋

江戸川 乱歩

線上閱讀江戸川 乱歩《月と手袋(つきとてぶくろ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 頁

青空文庫

耳の中に自分の動悸だけが津波のように轟いていた。そのほかの物音は何も聞えなかった。部屋の中が、いやにシーンと静まり返っているように感じられた。しかし、誰かがうしろに立っていた。見も聞きもしないけれども、さっきから、誰かがそこにじっと立っているのが、わかっていた。

首をまわすのに、おそろしく骨がおれた。頸の筋がこむらがえりのようになって、動かないのだ。やっと三センチほど首をまわすと、目の隅にその人の姿がはいった。そこに青ざめたあけみが立っていた。彼女の目が飛び出すほど見ひらかれていた。人間の目がこんなに見ひらかれたのを、彼は今まで一度も見たことがなかった。

あけみは魂のない蝋人形のように見えた。ほしかたまったように立っていた。ほしかたまったまま、スーッと横に倒れて行きそうであった。

「あけみ」

云ったつもりだが、声にならなかった。舌が石のようにコロコロして、すべらなかった。口の中に一滴の水分もなかった。手まねをしようとすると、手も動かなかった。股野の首を捲いた腕が鋳物のように、無感覚になっていた。

斬り合いをした武士の手が刀の柄から離れないのを、指を一本ずつひらいてやって、やっと離させる芝居を見たことがある。