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つきとてぶくろ

月と手袋

江戸川 乱歩

線上閱讀江戸川 乱歩《月と手袋(つきとてぶくろ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 頁

青空文庫

誰にも会わなかった。どこの窓からも覗いているものはなかった。表のどぶ川沿いの道路は、月の光で遠くまで見通せる。どこにも人影はなかった。腕時計を見ると、八時二十分だ。八時半にはまだ充分余裕がある。

どぶ川が月の光をうけて、キラキラと銀色に光っていた。海の底のような静けさだ。向うに立っている何かの木の丸い葉もチカチカと光っていた。こちら側の生垣のナツメの葉もチカチカと光っていた。

(なんて美しいんだろう。まるでお伽噺の国のようだ)

こんなくだらない街角を、これほど美しく感じたのは、はじめての経験だった。

彼は口笛を吹き出した。偽装のためではない。なぜか自然に、そういう気持になった。口笛の余韻が、月にかすむように、空へ消えて行った。

(だが待てよ。もう一度検算して見なければ……)

克彦はたちまち現実に帰って、不安におののいた。

(窓からの叫び声を聞いて、玄関に駈けつけ、うちの中にはいるまでの時間が重大だぞ。そのあいだに仮想犯人はいろいろのことをやらなければならない。あとから考えて、その時間がなかったという計算になっては大変だ。危ない危ない。犯罪者の手抜かりというやつだな。