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ほんじょまつざかちょう
本所松坂町
尾崎 士郎
線上閱讀尾崎 士郎《本所松坂町(ほんじょまつざかちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 27,622 字 · 55 頁
斬りつけられた上野介は、急難に臨みながら時節をわきまえ、場所をつつしみたる段神妙に思召さる――という老中からの申し渡しによって何のお咎めもなく、傷の手当がすむと、すぐ駕籠に乗せられて呉服橋内の邸宅へ引返えしたが、しかし、その処断の片手落ち、というよりもあまりにも懸隔の甚しいことが義に勇む江戸町民の心に何か腑に落ちないものをかんじさせた。
上野介の帰国がこれによって沙汰やみとなったことはいうまでもない。同じ年の九月二日、上野介から申し出たお役御免の嘆願も叶って、彼は折角、新築したばかりの呉服橋の邸宅から本所(本庄)松坂町の新邸へ移ることになった。
新邸の敷地は二千五百余坪現在の回向院の裏にあたる。町とはいっても当時は人家もまばらな部落にすぎなかった。
殿中刃傷の噂が風のように横須賀村につたわってくると、村民の代表者たちは、主君上野の安否を気づかって鎮守の神社にあつまり祈願を凝らした。華蔵寺には村の善男善女が引きも切らずに参詣し、中には木像を安置した霊屋の前で終夜一睡もしないで祈りつづけているものもあった。
上野介にしてみれば彼が六十一歳まで用意周到に築きあげた一生涯が、たった一日の不慮の出来事のために、がらがらと音を立てて崩れ落ちてしまったのである。