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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ

東山時代における一縉紳の生活

原 勝郎

線上閱讀原 勝郎《東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 頁

青空文庫

このころからして禁裏にも出入し、一人前の公卿として働くこととなり、三条西家の人々もようやく愁眉を開くこととなったのに、好事には魔多くして、十八歳のとき母を喪ったのである。これからしておよそ五か年の間に右近衛権中将、蔵人頭に進み、位は正四位に陞り、文明九年二十三歳の時の暮にはようよう参議となり、公卿補任に載る身分となったので、実隆の公生活はまずこの辺からしてようやく多忙になった。

公生活といえば大袈裟に聞えるが、実はさほど仕掛けの大きいものではない。政権が武家に移ったのは、昔の昔の話で、その武家すら政権というべきほどのものを持たなかった足利の中葉以後のことであるから、普通の意味で理解される政治とほとんど交渉を絶たれた当時の朝廷に、繁多の政務のあるべきはずがなく、したがって公卿の従事すべき公務とても、恒例臨時の節会を除けば、外は時々の除目または御料所の年貢の催し、神社仏閣の昇格の裁許くらいのものである。しかしてその公家の数も明応二年のころ総計六十七家のみであったと『蔭涼軒日録』の六月五日の条に見えているによって考えると、それら公家衆が総出で行なう儀式とても、その綺羅びやかさに至っては、五百以上の参衆を数うること稀ならぬ当時の禅徒らの執行するものに比べて、規模のすこぶる小なるものといわなければならなかった。