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りゅうえいひろくかつえぐら

柳営秘録かつえ蔵

国枝 史郎

線上閱讀国枝 史郎《柳営秘録かつえ蔵(りゅうえいひろくかつえぐら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,933 字 · 27 頁

青空文庫

「可い気持だ」と呟いた。

「お杉様!」と咽ぶように云った。

それから後へ引っ返した。

6

江戸へ「夫婦斬り」の始まったのは、実にその夜が最初であった。あえて夫婦とは限らない。男女二人で連れ立って、夜更けた町を通って行くと、深編笠の侍が出て、斬って捨るということであった。江戸の人心は恟々とした。夜間の通行が途絶え勝ちになった。

さて一方お杉の身の上には、来べきことが来ることになった。将軍家斉の眼に止まり、局へ納れられることになった。秋海棠が後苑に咲き、松虫が籠の中で歌う季節、七夕月のある日のこと、葵紋付の女駕籠で、お杉は千代田城へ迎えられた。お杉の局と命名され、寵を一身に集めることになった。もうこうなっては仕方がなかった。下様の眼から見る時は、将軍といえば神様であった。神様の覚し召しとあるからは、厭も応も無いはずであった。

で、お杉は奉仕した。しかし心では初恋の人を、前にも増して恋い慕った。逢うことも話すことも出来ないと思えば、その恋しさは増すばかりであった。洵に彼女の境遇は、女としては栄華の絶頂、夢のようでもあれば極楽のようでもあった。もし彼女に三之丞という、忘られぬ人がなかったなら、満足したに相違ない。