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かきのたね
柿の種
寺田 寅彦
線上閱讀寺田 寅彦《柿の種(かきのたね)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 70,202 字 · 139 頁
飜訳というものもある程度までは可能である。
しかし、初歩の読本の与える不思議な雰囲気だけは、全然飜訳のできないものである。(昭和五年七月、渋柿)
*
純白な卓布の上に、規則正しく並べられた銀器のいろいろ、切り子ガラスの花瓶に投げ込まれた紅白のカーネーション、皿の上のトマトの紅とサラドの緑、頭上に回転する扇風機の羽ばたき、高い窓を飾る涼しげなカーテン。
そこへ、美しいウエトレスに導かれて、二人の老人がはいって来る。
それは芭蕉翁と歌麿とである。
芭蕉は定食でいいという、歌麿はア・ラ・カルテを主張する。
前者は氷水、後者はクラレットを飲む。
前者は少なく、後者は多く食う。
前者はうれしそうに、あたりをながめて多くは無言であるが、後者はよく談じ、よく論じながら、隣の卓の西洋婦人に、鋭い観察の眼を投げる。
隣室でジャズが始まると、歌麿の顔が急に活き活きして来る、葡萄酒のせいもあるであろう。
芭蕉は、相変わらずニコニコしながら、一片の角砂糖をコーヒーの中に落として、じっと見つめている。
小さな泡がまん中へかたまって四方へ開いて消える。
それが消えると同時に、芭蕉も、歌麿も消えてしまって、自分はただ一人、食堂のすみに取り残された自分を見いだす。