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つちのなかからのはなし
桜の森の満開の下
線上閱讀坂口 安吾《桜の森の満開の下(つちのなかからのはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 頁
そのたびに秀吉は、家康という人は案外あれだけの人で、温和な人だ、と言いきかせていた。家康は温和な人だという評言は秀吉の家康についての極り文句のようであった。秀吉は知っていたのである。然し、怖れていた。秀吉自身、彼は今こそ天下者であったが、信長の家来のころは天下などは考えない。彼の野心の限界は信長第一の家来ということで、その信長のあとをついで天下をという野望はなかった。たまたま信長が横死して自然に道がひらかれたから天下を狙って動きだしたにすぎなかった。彼もいわば温和な野心家、節度のある夢想児であったのだ。家康も温和な人だ。けれどもいつの日かその眼前に天下に通じる道が自然にひらかれたとき、そのときを思うと家康という人は怖しい。いったん道がひらかれた時、そのかみの彼自身が俄に天下をめざす獰猛な野心鬼に変じた如く、家康も亦いのちを張って天下か死かテコでも動かぬ野心鬼となる怖れがある。そういう怖れをいだくのも、家康自体にその危さが横溢しているためよりも、時代の人気があまり家康に有利でありすぎたせいだった。信長の下の秀吉などは凡そ世評はただ有能な家来の一人というだけのこと、柴田も丹羽も同じことで、信長と肩を並べるぐらいに副将軍などと言われるような人物はいなかったものだ。