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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《桜の森の満開の下(つちのなかからのはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 頁

青空文庫

彼は執拗に和尚の祈祷を懇願した。

「定命はこれ定命で厶る。一切空と観じ、雑念あっては、成仏なり申さぬぞ」

和尚の答えは、いつもながら、それだけだった。傍に瀕死の病人もなきが如く、ひねもす禅定三昧であった。その大いなる趺坐僧の姿は、山寨を構えて妖術を使う蝦蟇のように物々しく取澄して、とりつく島もない思いをさせた。

さりとて病状は一途に悪化を辿るばかりで、人力の施す術も見えないので、附添いの男は、暇あるたびに、坐禅三昧の和尚の膝をゆさぶって、法力の試みを懇請するほかに智慧の浮かぶゆとりはなかった。ゆさぶる膝の手応えは太根を張った大松の木の瘤かと思われるばかり、なかなか微動を揺りだすことも絶望に見える有様であった。

「生者は必滅のならい。執着して、徒らに往生の素懐を乱さるるな」

和尚は俗人の執念を厭悪するものの如く、ときに不興をあらわして、言った。そうして、膝をゆさぶられても、半眼をひらこうとすらしなかった。

然し、和尚の顔色も、病者の悪化に競い立って、日に日に光沢を失い、その逞しげな全身に、なんとなく衰えの気が漂った。

春がきて、巡業の一行が再び草庵へ戻ったとき、すでに病人は臨終を待つばかりであった。