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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《桜の森の満開の下(つちのなかからのはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 頁

青空文庫

さて、所在もなさに見廻せば、すでに屋根は傾いて、所々に隙間をつくり、また大空ののぞけて見える孔もあった。雨の降る日は傘さしても間に合うまいと思いやられるのもことわり、畳はすでに苔むすばかりの有様であった。長虫は処を得て這いまわり、また翅虫は澱みを幸い湧きむらがって、人の棲家とも思えなかった。さては和尚も苔むしたかと思われるほど、その逞しく巨大な姿は谷底に崛起する岩石めき、まるまると盛りあがる額も頬も、垢にすすけて、黒々と岩肌の光沢を放つばかりであった。

訪客は縁先ににじり寄った。

「もし、和尚さま」

首を突き入れて、三たび、四たび繰返したが、声の通じた様子もなかった。

たまりかねて、濡縁へ片膝をつき、這いこむばかりの姿勢となって、片腕を延して和尚の背中を揺ろうとした。

「もし、和尚さま」

矢庭に彼はもんどり打って、土の上にころがっていた。彼はそのとき、今のさっき目に見たことが、如何様に工夫しても、呑みこみかねる有様であった。

後向きの姿ではあるが、不興げな翳が顔を掠めて走ったかと想像された一瞬間、たしかに和尚の姿がむくむくとふくれて、部屋いっぱいにひろがったのを認めた筈であったのである。