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つちのなかからのはなし

桜の森の満開の下

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《桜の森の満開の下(つちのなかからのはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 76,558 字 · 153 頁

青空文庫

そうして歩きだしたと思うと、そんな婆あと遊ぶんじゃないよ、と言いすて、野禽のようにけたたましい笑い声をたてながら階段を調子をとって駈け降りて行った。面喰った旅人よりも、禅僧の悩みの方が複雑であったのは言うまでもあるまい。お綱の奴が急に二階へとんとん登って行った意味は一目瞭然であるから、さかりのついた猫の声と同様のけたたましい笑い声を耳にしては腸のよじれる思いがしたことであろう。

翌朝旅人が温泉へ向けて出発すると、その一町ほどうしろから禅僧がうなだれがちに歩いていた。禅僧は旅人に一言頼みたいことがあったのである。あの野性のままの女を旅先の気まぐれな玩具にしないでくれ、と。禅僧は栄養不足でヒョロヒョロやせ、顔色は不健康な土色だった。強度の近視眼で、怪しむように人を視凝める癖があった。縞目も分らないほど古く汚れた背広を着て脚絆に草鞋をはいていた。

禅僧のたどたどしい足どりがそれでも十間ぐらいの距離まで旅人に近づいた時のことだが、旅人は九十九折の山径のとある曲路にさしかかった。一方は山の岩肌、一方は谷だ。

突然頭上のくさむらから人間の頭ほどある石が落ちて、旅人の眼の先一尺のところを掠め、石は径にはずみながら、大きな音響を木魂しながら深い谷へ落ちていった。