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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

線上閱讀杉山 萠円《梅津只円翁伝(うめづしえんおうでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 頁

青空文庫

を伝えた。(坂元雪鳥、山崎楽堂両氏談)今でもその朝日村に梅津家の墓石が現存しているという。

もちろんその当初には、まだ能楽なるものが発生していなかったのだから、いずれ田楽、もしくは里神楽類似の神事舞曲の司となっていたもので、後に能楽が流行して来るにつれて、自から転向して家業とし、祭事能を司って来たものであろうと考えられる。その喜多流を酌んだ由来も、もとより詳でないが、元亀天正の乱世に、肥前に似我という忠勇無双の士が居た。太鼓に堪能で喜多流の大家であったというような話を筆者が幼少の時代に祖父から聞き伝えているところから考えると、喜多流なる流派の存在は現在伝うるところよりもズット古く戦国時代から既に存在していて、九州地方にも流行していた。従って梅津家も、その流を酌んでいたものではないかとも考えられるようであるが、しかし、これは単なる臆測類似の聞き伝えで、或は筆者の聞き誤りか記憶違いかも知れない。況んや宗家の記録と甚しい時代の相違があり、引例考証らしいものすら絶無であるから、ただ何かの参考としてここに記載しておくに止める。

それから物変り星移って徳川時代に入り、筑前福岡が黒田の城下となった時、その梅津の本家の方は博多に在住してその頃の所謂町役者となり、山笠に名高い博多の氏神、櫛田神社の神事能を受持っていた。