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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

甲斐はごく僅か眉をしかめた。すると額の皺がはっきりあらわれた。

「やがて六時になります」

「用を聞いておいてくれ」と甲斐が云った。惣左衛門は当惑したように云った。

「おめにかかりたいと申しておられます」

「用を云わないのか」

「おめにかからなければ、と申しておられます」

甲斐は窓のほうへ眼をやり、それから云った。

「では待たせておけ」

惣左衛門は襖を閉めて去り、甲斐はまた書き継いだ。

――宿老の人達の、十余年にわたる権勢あらそいは、現に貴方の知っておられるとおりである。お国びとの忠誠に疑いはないが、その性の頑固一徹で、我執の激しさ、利己心の強さはかくべつである。そのために排他的な徒党がうまれ、それが離合集散をくりかえし、反目と誹謗がいりみだれて、事が起こっても、殆んどその是非の判断がつかないようなありさまであった。さらにそこへ、兵部少輔宗勝という人の存在が、大きく、重くのしかかって来た。これが宿老から家中一般の不和反目を、いっそう複雑にしたことは事実で、なにか事が起こるたびに、その弊害のはなはだしさが表面にあらわれる。こんど里見十左衛門が使者に立つのは、家督の君を選ぶために、在国の一門一家重臣に「入れ札」