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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

彼は初めから読み返し、結びの挨拶を書くと、筆を措いて、その手紙を封じ、それから、硯箱の脇にある鈴を取って振った。

次の間に答えがあり、矢崎舎人が襖をあけた。

「里見どのをこれへ」と甲斐が云った。

舎人が承知してさがると、すぐに里見十左衛門が来た。年は四十六歳なのだが、五十以上にも老けてみえる、色の黒い、骨ばった、ごつごつした躯つきで、癇の強そうな顔をしていた。

「待たせて済まなかった」と甲斐が云った。十左は坐りながら、息張った口ぶりで云った。

「いま七十郎めを緊めてくれました」

甲斐は封書を渡した。

「では松山へこれを」

「ひと緊め緊めてくれました」

十左は封書を受け取りながら云った。甲斐は机の上を片づけた、十左はさらに云った。

「あいつ若輩にしては胆力もあり、頭も悪くはないらしいが、厄介者の分際をわきまえぬやつで、ずにのると暴慢無礼なことを申す、私は元来かれが好きなのですが」

「そうらしいな」と甲斐が云った、そして机の前から立ちあがった。

「ではあちらで、――」

「あの若輩者は手綱をしめておかねばいけません、こなたさまは寛容すぎる、こなたさまは誰に対しても御寛容すぎます、あまりさもない人間はお近づけなさらぬがよい」