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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

甲斐はまた云った。

「これまでに幾たびか、そういう訴状を一ノ関の手へ送っているらしい」

「同じ意味のものか」

「そういうことだ」

「私はこんどが初耳だ」と周防は云った、「船岡が聞いていたのなら、どうしてひと言そういってくれなかったのだ」

「知らせてどうする」と甲斐は穏やかに云った、「堀普請が故障つづきで、吉岡でもこの点をつよく追求しているらしいが、工事を完成させるために松山は精根をつくしている、そのうえ密訴のことなど、どうして私に知らせることができるか」

「堀普請とそれとはべつだ、吉岡が私を弾劾しているとすれば、私もそれに対抗する手段を講じなければならぬではないか」

「なんのために」

「なんのためだって」

周防の落ち窪んだ頬が、ぴくっとひきつった。彼は袖で口を掩って咳をし、息をととのえてから、低い声でするどく云った。

「奥山大学と一ノ関とは特別な関係がある、かつて一ノ関に加増の議が起こったとき、吉岡ひとり我を張って、加増の高を増した、一ノ関はそれを徳としているし、吉岡はそれを手掛りに一ノ関と組もうと計っている、自分一人に国の仕置を任せよというのは、そうすれば一ノ関の思うままの政治をしようという意味なのだ」