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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁

青空文庫

風のない、残暑のつよい日で、なにもすることがないから、虎之助は姉にまといついては欠伸をしていたが、午後の茶菓が出ると、辛抱がきれたように眠ってしまった。

そのあとでたつ女が、「お庭を拝見しましょう」と云い、二人で庭へおりた。

庭はかなり広く、鉤形になっていて、客殿の前には泉池があった。白い土塀をまわした、どちら側も塔頭だろう、左のほうから(法事でもあるとみえ)鉢鐘と読経の声が聞えて来た。

「こちらへいらっしゃい」

たつ女が手招きをした。庭の一隅に井戸がある。彼女はそれを指さして云った。

「これが殿さまのお井戸です」

「はあ、これが、――」宇乃はそっと頷いた。

――これがそうだったのか。

その井戸は白木の低い柵でかこまれ、青銅で葺いた屋根が掛けられていた。柵には錠のおりた出入口があり、内部は石だたみで、井戸も石であった。伊達家では、その井戸の水だけを、藩主の用にあてている。煮炊きにも、飲料にも、藩主にはその井戸の水だけしか使わなかった。そのために定った足軽がいて、一日も欠かさず、水を汲みにかようのであった。

「此処にも鍵を預かったお役僧がいて、そのたびごとに錠をあけるのだそうです」