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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁
虎之助が云った。妻女は怯えたように娘の顔を見た。宇乃はおちついた声で、母親をなだめるように云った。
「まいりましょう、お母さま」
妻女は歩きだした。外は暗かった。まっ暗で、爪先も見えないようであった。宇乃はしゃんとしていた、彼女には母親の怯えているのがわかり、自分がしっかりしていなければだめだと思った。
「お母さま、どこへゆきますの」
宇乃が訊いた。母親が答えた。
「え、ああ、宮本さまよ」
「ただゆけばよろしいの」
「あなた、いっておくれか」
母親は家へ戻りたいようすであった。それが宇乃にはよくわかった。宇乃は云った。
「ええ大丈夫よ、お母さま」
「ではそうしておくれ」
母親は握っていた虎之助の手を宇乃にわたした。そしてなにか云いたげに、娘のほうをすかし見たが、虎之助を押しやって云った。
「いっておくれ」
彼女は家のほうへ引返した。
宇乃は弟の手を握って、闇のなかを歩いていった。虎之助の手はふるえていた。彼も幼ないなりに、ようやく不安を感じだし、それをがまんしているのだということが、宇乃にわかった。
宮本又市は三百石の無役で、無役のまま藩主綱宗の側近に仕えていた。