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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 頁
甲斐は自分で手代に会った。助二郎は「御注文の虎毛がはいりましたので」と云って、箱のまま出してみせた。
甲斐は頷いた。そして、選ぶから待っておれと云い、立って自分の居間へいった。丹三郎がついて来て、すぐに灯をいれようとした。
「燭台をつけてくれ」と甲斐が云った。
丹三郎は燭台を出し、蝋燭に火をつけた。甲斐は手を振った。それで、丹三郎は次の間へさがった。
甲斐は机の前に坐った。机の上で箱をあけると、筆が五本、枠に入って並んでいた。彼はそのまん中にある斑入りの軸の一本を取り、用心ぶかくその軸を捻った。するとその軸は、七三分のところで上下二つになった。つまり嵌込み細工で、――軸の下のほうを振ると、その中から、細く筒に巻いた紙が出て来た。
甲斐は燭台をひきよせ、筒になったその紙をほぐした。その紙は上質の薄葉で、細かい文字が五行ほど書いてあった。甲斐は読み終るとすぐに、燭台の火をつけて灰にした。それから筆を元のようにして箱へ戻し、べつの二本を取って机の上に置くと、丹三郎を呼んで箱を渡した。
「二本だけ求めた」と甲斐は云った、「あとは返すと云ってくれ」
丹三郎が去ると甲斐は机に両肱をつき、そのままじっと顎を支えていた。