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いきふどう
橘外男ワンダーランド 怪談・怪奇篇
橘 外男
線上閱讀橘 外男《橘外男ワンダーランド 怪談・怪奇篇(いきふどう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 198,400 字 · 387 頁
頃であったから、幾分厭世的になっていた私の心には、こういう人気のない幽静な場所が一番気持にピッタリと合っていたのではないかと思われる。別にすることもなくもの憂い日々を送りながら、眼に触れ耳に聞くもの一つ一つに妻の思い出を懐かしんでいた私は、暇さえあればこの山寺の階段をポクポクと一人で足を運んでいたのであった。
もう考えても仕方のないことをそういつまでも愚痴っぽく歎いているわけでもなかったが、この静かな石段を上って古びた庫裏と本堂一帯の裏山を掩った真暗な森に沿いながら、青萱の茂っている淋しい墓場の一角を分け入って、一面に海の見晴らせる断崖の上に腰を降ろしていると、脚下には新緑に掩われた幾つ何十かの山々の背が波のうねりのような起伏を見せて、その向うには一望涯しもない青海原が渺々たる紺碧を拡げていた。そして空も海もただ眼に入る限りは青々とした一色の中に、泛んでいる船もなければ島影一つもなく、眼を遮るものとてはただ春蝉の啼きしきっているこの断崖の上に俯瞰したひょろ高い赤松の梢だけであった。
蝉の歔き声を耳にしながら凝乎と断崖の草の上に寝転んで、海を眺めたり空を眺めたり、また横手の墓場に眼をやりながら死んだ妻のことなぞをとりとめもなく考えていることが、その頃の私には一番に楽しい気持がしていたのであった。