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かごつるべ
江戸情話集
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《江戸情話集(かごつるべ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 203,779 字 · 407 頁
治六は旅の疲れでもう正体もなく寝入ってしまったらしいが、彼の眼は冴えていた。彼は蒲団の上に起き直って、両手を膝に置いてじっと考えていた。師走の江戸の町には、まだ往来の足音が絶えなかった。今夜の霜の強いのを悲しむように、屋根の上を雁が鳴いて通った。
次郎左衛門も今夜はすぐに吉原へ行かなかった。あしたは月代でもして、それから改めて出かけるつもりであった。もう再び故郷の佐野へは帰らない。江戸に根を据えてしまう覚悟であるから、さすがに一夜を争うにも及ばないと思った。勿論、八橋が恋しいには相違なかった。それでも今年もう三十一になる次郎左衛門は、なま若いものと違って、幾らか落ち着いたところもあった。彼はおとなしくあしたを待っていた。
ちらちらと揺れる行燈の灯を見つめて、彼は自分の過去を静かに考えた。十六の年から博奕場に足を入れて、二十歳で父に別れたのちは、博奕と喧嘩で彼は十幾年の月日を送った。そのあいだに妾を置いたこともあったが、それは自分の手廻りの用をさせるのにとどまって、それから温かい愛情を見いだそうなどとは思いも付かなかった。彼は手綱の切れた暴馬のように、むやみに鬣毛を振り立てて狂い廻っているのを無上の楽しみとしていた。