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かごつるべ
江戸情話集
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《江戸情話集(かごつるべ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 203,779 字 · 407 頁
しばらくは其のままにして彼の行状を見張っているつもりだと、五郎三郎はまた言い聞かした。奥様もお時に同情して親切に慰めてくれた上に、帰る時には品々の土産物までくれた。有難いと悲しいとで、お時はここでも泣いて帰った。
母が帰りの遅かったのも、土産物の多かったのも、こうした訳と初めて判って見ると、十吉も悠々と飯を食っている気にはなれなかった。食いかけの飯に湯をぶっかけて、夢中ですすり込んでしまった。膳を片付けてお時が炉の前にしょんぼりと坐ると、十吉はうす暗い行燈を持ち出して来た。
母子は寂しい心持ちで行燈の火のちらちらと揺れるのを黙って見つめていた。日が暮れて東の風がだいぶ吹き出したらしい。軒にかけてある蕪菁の葉が乾いた紙を揉むようにがさがさと鳴った。
「風が出たようだね。昼間と夜とは陽気が大違いだ」と、お時は寒そうに肩をすくめて雨戸を閉めに出た。
今夜は悪い風が吹くので、廓の騒ぎ唄が人の心をそそり立てるように、ここらまで近くながれて来た。暗い長い堤には駕籠屋の提灯が狐火のように宙に飛んでいた。その火のふいと消えて行くあたりに、廓の華やかな灯が一つに溶け合って、幾千人の恋の焔が天をこがすかとばかりに、闇夜の空をまぼろしのように紅くぼかしていた。