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かごつるべ

江戸情話集

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《江戸情話集(かごつるべ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 203,779 字 · 407 頁

青空文庫

「誰が呉れたの」と、お花が訊いた。

「あとで判りやす」

又蔵は笑いながら行ってしまった。お遣い物の主は結局判らなかった。しかし、こんなことはさのみ珍しくもないので、みんなは今まで駄菓子をさんざん噛った口へ、さらに鮪やこはだや海苔巻を遠慮なしに押し込んだ。お絹も無理に勧められて海苔巻を一つ食った。

「きょうは御馳走のある日だったね」と、地弾きのお辰は海苔の付いたくちびるを拭きながら、鉄漿の黒い歯をむき出して笑った。

「みんな姐さんのお蔭さ」と、お若も茶を飲みながら相槌を打った。

飲み食いの時にばかり我れ勝ちに寄って来ても、まさかの時には本当の力になってくれる者は一人もあるまい。お絹はその軽薄を憎むよりも、そうした境遇に沈んでいる自分の今の身が悲しく果敢なまれた。小さいときに死に別れた両親や妹が急に恋しくなった。

それに付けても林之助がいよいよ恋しくなった。自分が取りすがってゆく人は林之助のほかにはない。もうこれからは決して無理も言うまい。我儘も言うまい。どこまでもおとなしくあの人の機嫌を取って、見捨てられないようにする工夫が専一だと、いつにない、弱い心持ちにもなった。