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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
線上閱讀森 鴎外《渋江抽斎(しぶえちゅうさい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 166,525 字 · 334 頁
榛軒は辺幅を脩めなかった。渋江の家を訪うに、踊りつつ玄関から入って、居間の戸の外から声を掛けた。自ら鰻を誂えて置いて来て、粥を所望することもあった。そして抽斎に、「どうぞ己に構ってくれるな、己には御新造が合口だ」といって、書斎に退かしめ、五百と語りつつ飲食するを例としたそうである。
榛軒が歿してから一月の後、十二月十六日に弟柏軒が躋寿館の講師にせられた。森枳園らと共に『千金方』校刻の命を受けてから四年の後で、柏軒は四十三歳になっていた。
この年に五百の姉壻長尾宗右衛門が商業の革新を謀って、横山町の家を漆器店のみとし、別に本町二丁目に居宅を置くことにした。この計画のために、抽斎は二階の四室を明けて、宗右衛門夫妻、敬、銓の二女、女中一人、丁稚一人を棲まわせた。
嘉永六年正月十九日に、抽斎の六女水木が生れた。家族は主人夫婦、恒善夫婦、陸、水木の六人で、優善は矢島氏の主人になっていた。抽斎四十九歳、五百三十八歳の時である。
この年二月二十六日に、堀川舟庵が躋寿館の講師にせられて、『千金方』校刻の事に任じた三人の中森枳園が一人残された。
安政元年はやや事多き年であった。