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こすいとかれら

湖水と彼等

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《湖水と彼等(こすいとかれら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 頁

青空文庫

白く凍って流るる息を、遠い空をでも眺むるような眼付で眺めている。「彼にとって今凡てが清らかで楽しいのだ」と彼女は思った。そしてこう思うことは彼女に淡々しい淋しさを与えた。

「うちに舟がありましたでしょう。」と突然彼が尋ねた。「今日の午後あれを借りられませんでしょうか。」

「このお寒いのに!」

「寒い位何でもありません。では午後に屹度来ますから火を沢山熾しといて下さい。そしてお菓子と何か食べるものも……。」

「でも水の上はお寒いでしょうよ。……お一人?」

「いいえも一人来るでしょう。」

彼は湖水の上をずっと見渡している。何時の間にか靄も消えて、水面は柔く太陽の光りに押えられて漣一つ立たなかった。

「それでは船頭にもそう伝えておきましょう。」

「いえ私が漕ぐんです。暖い火の外には何にもいりません。」

彼の眼は夢みるように輝いていた。彼女はじっとその顔を見た。おかしな不安が彼女の心に萠した。湖水の上から、対岸の陰った山懐から、遠く眼がかすむような山嶺から、更に青い空まで彼女は静に視線を移した。そして斯う云った。

「よろしいんですか。」

「ええ!」と青年は強く点頭いた。

何がいいのかは二人の孰れにもはっきり分っては居なかった。