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ぼんのうひぶんしょ
煩悩秘文書
林 不忘
線上閱讀林 不忘《煩悩秘文書(ぼんのうひぶんしょ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 86,705 字 · 173 頁
」
と伴法外――否、法外の名は先師弓削氏の霊に返戻して、すっぱりとまたもとの伴大次郎、あの三国ヶ嶽のふもと、山伏山の陰なる廃村田万里の郷士あがり、天涯孤影、肩をそびやかして、恋妻の許を去ったのだ、大次は。
躓けつ転びつ、裾踏み乱して嗚咽しながら、門まで大次郎のあとを追って出て千浪の耳に聞えたのは、そこの練塀小路の町かどをまがって消えて行く、かれの詩吟の声のみだった。
「風過ぎて風光を駐めず
雁去って雁影を残さず」
朗々たる歌声、闇黒に呑まれて。
浅い縁。
短い夫婦の契り――ほんとに、夢だったかもしれないと、得耐えず門柱に凭りかかった千浪は、いつしか地に伏して泣きじゃくっていたのだった。
白絹の紋服。
おなじく白の弥四郎頭巾に、妖刃女髪兼安を腰にぶっ差して。
あたらしい顔とともに、新しい人間に生まれ変った小鬼大次郎、胸中ふかく蔵するのは何か?
が、こうしてふっつりと煩悩の綱を断ち切った気の伴大次郎も、畢竟、眼に見えぬ煩悩の綾糸に手繰られ、躍らせられているのではあるまいか。
所詮、生そのものが煩悩。
生きているあいだは、人間、煩悩の児なのかもしれない。