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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 頁
と考えようと云っているから、私が統計的操作と呼んだものをこの統計的方法と考えれば、それが「一種の解析的操作」に解消し得ない理由は、依然として存するのだ。
又「実験的操作」が「一種の分析的操作に帰着する」と云うのも、石原博士の言葉としては意味があっても、私の考えに対しては意味がない。なぜなら私が分析的操作と呼んだのは、氏も知っている通り、概念分析の操作のことであり、一例を挙げればアリストテレスの存在論的分析やプラトン風のダイヤローグ的分析のことであって、之が往々にして哲学という一つの学問の全体的方法であるかのように取られている場合が少なくないので、夫が実は哲学や又科学の「方法」ではなくて、単に断片的な「操作」にしか過ぎないと云おうと思って、私は之を持ち出したわけだ。実験が之に解消しないことは勿論であるが、それだけでなく、これは特に実験に対立するスペキュレーション(思弁)を往々にして意味したことが、学問の歴史の教える処だろう。
だから観察や実験という実在の「感覚的」な受け取り方と、「論理的解析」である実在の「思考的」な受け取り方とを私が一緒クタにして、実験という操作と分析という操作とを並列させたのは不可ない、という論拠はどこにもないわけで、歴史的に云えば、概念分析的操作で片づけようとした物理学(アリストテレス